樹源寺は今はなき大欅の下に創建された永代供養墓もある神奈川県横浜市保土ケ谷区のお寺

樹源寺は今はなき大欅の下に創建された永代供養墓もある神奈川県横浜市保土ケ谷区のお寺

 

残念ながら樹源寺の名称の由来となった大欅(おおけやき)は車の排気ガスなどの影響で昭和45年に伐採されてしまったのですが、その大欅は樹齢八百有余年を誇り、長く日蓮宗妙秀山樹源寺の来し方行く末を見守り、また、参詣者達にも大いに親しまれてきました。樹源寺へのアクセスは、電車ではJR横須賀線の「保土ヶ谷駅」で下車し、徒歩20分、あるいはバスでは「保土ヶ谷駅」の東口バスターミナルより、1番バスのりば(神奈川中央バス)で〈戸塚駅東口行〉〈東戸塚駅行〉〈平戸団地駅行〉に乗り「樹源寺前」で下車し徒歩2分、2番バスのりば(横浜市営バス)で〈28・77系統、芹ヶ谷行〉〈106系統、境木中学行〉に乗り「樹源寺前」で下車し、徒歩2分、7番バスのりば(相鉄バス)で〈二俣川駅行・美立橋行等〉に乗り、「樹源寺前」で下車し、徒歩2分、車の場合は、東京方面より首都高永田ランプで降りて井土ヶ谷切通しより国道1号へ、横須賀方面より狩場インターで降りて国道1号へ、そして八王子方面より狩場インターで降りて(降口専用) 国道1号へ、で樹源寺に着きます。

 

 

樹源寺の縁起

 

妙秀山は鎌倉時代末期までは、東方山医王寺という真言宗の巨刹(おおでら)だったということですが、しかし、兵火により薬師如来を安置した薬師堂のみを残して一時廃寺同然となりました。

 

その後、江戸時代の寛永年間(1624~1644年)となり、保土ケ谷宿本陣刈部吉次の室(側室)が日蓮聖人の御教に心底教化なされ、帰依されて妙秀尼(みょうしゅうに)と号し、焼け残った薬師堂の大欅の傍らに庵を結んだのです。そして、師の善領院日了上人を招いて日蓮宗総本山身延山の末寺として開山しました。

 

参照:http://jyugenji.com/

 

開基の妙秀尼は寛永9年(1632年)5月22日に遷化(せんげ)し、開山日了上人は明暦3年(1657年)9月27日に遷化します。

 

また、妙秀尼は保土ケ谷宿本陣の室だったことから、樹源寺のご本尊の手前に徳川家康を初め、徳川四大の位牌が奉安されています。

 

「日光山東照宮大権現」とは徳川家康のこと、「台徳院殿一品大相国公」とは二大将軍秀忠のこと、「大猷院殿贈正一位大相国公」とは三代将軍家光のこと、「厳有院殿贈正一位大相国公」とは四代将軍家綱のことです。

 

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医王寺の遺産である薬師如来は、人々の病を癒やし苦悩から人々を救うと言うことが言い伝えられ、いつの間にか樹厳寺の山門外の小堂に安置されて、お年寄り達の眼病平癒の祈願を受けていましたが、昭和54年(1979年)の日蓮聖人七百遠忌報恩事業の一環として建立された講堂に安置され、今も尚、人々の信仰を集めています。

 

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また、樹厳寺の墓地はJR東海道線を踏み切った南側にあります。

 

そして、大欅に関しては次のような大欅の主が妙秀山二十一世日建上人の夢枕に現われたという逸話が残っています。

 

「上人この時大病で茅に横になっていると、夜中天女が来て申すには我は欅の空洞に棲む白蛇である。朝夕響く法華経讀誦の聲にもはや成仏の因も芽してきた。即ち我れを源龍大善神と敬いくれるならば、汝の病、たちどころに平癒するであろうと告げると思えば夢醒めた。そこで早速、欅の洞穴に小祠を設け祈ると、忽ち快癒してしまった、それからこの大樹にしめ縄をはりめぐらした。」

(「妙秀山 樹源寺の沿革」(http://jyugenji.com/history.html)からの引用)

 

 

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現在、大欅の一部は「ついたて」として樹源寺の大玄関に飾られていて、お客さまをお迎えしています。

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そして、樹源寺の大欅と並んで名物として知られているのは、樹源寺の門前にあった藁葺き屋根に咲く「イチハツ」の花でした。現在、藁葺き屋根の家は残っていませんので、当時の面影は全く残っていませんが、藁葺き屋根ほど究極のエコなものはありません。再び復活することを願いたいところなのですが、肝心の藁が稲の収穫がトラクターで行うことで、ぶつ切りにされてしまい、屋根として葺ける藁が入手困難で、現在の稲作農業のままでは藁葺き屋根の復活を願っても残念ですが、虚しいだけです。

 

永代供養墓

 

少子高齢化の影響で現在、お墓事情は急激に変化せざるを得ない状況です。家のお墓を代々守ってゆくことが困難な時代に突入しています。そこで、お寺が亡くなった人の供養を永続的に行うのが永代供養です。

 

現在、お墓を持っていない人はもちろん、将来無縁仏になることを危惧する人や、生前に一生のけじめはしっかりとつけておきたいという人などにとっては永代供養がオススメです。

 

樹源寺の永代供養は、鎌倉時代から伝わる樹源寺の薬師如来が安置された「薬師堂」に位牌を安置し、樹源寺霊園内の永代供養墓にお骨を埋葬し――三十三回忌までは薬師堂にて遺骨は安置されます――、そして、永続的に供養されることになります。

 

樹源寺の永代供養墓は瀟洒な五輪塔の形をしています。五輪塔は古代インドで万物の構成要素として考えられていた地・水・火・風・空の「五大」を石塔で表現したもので、私たちの肉体はいづれこの五大に還るという考えに基づいています。日本では平安時代中期頃から用いられたようです。

 

樹源寺の永代供養墓は五輪塔の形をしていて、五つの石には日蓮聖人が鎌倉幕府に国を会うレイテ直訴した『立正安国論』から妙・法・蓮・華・経の御題目が集字されたもので、日蓮聖人の自筆のものが刻まれています。

参照:http://jyugenji.com/

 

樹源寺には樹源寺永代供養墓の他に様々な施主の事情に対応した「壽量廟」もありますので、気軽に相談してください。

 

参照:http://jyugenji.com/

 

【寺院詳細】

日蓮宗 妙秀山樹源寺

所在地:神奈川県横浜市保土ケ谷区保土ケ谷町3-172

Tel.(代):045-741-2730

電車の場合、JR横須賀線の「保土ヶ谷駅」東口下車より徒歩20分、または東口バスターミナルよりバスで「樹源寺前」下車より徒歩2分、バスは1番のりば(神奈川地中央パス)で〈戸塚駅東口行・東戸塚駅行・平戸団地行等〉、2番のりば(横浜市営バス)で〈28・77系統、芹ヶ谷行・106系統、境木中学行等〉、7番のりば(相鉄バス)で〈二俣川駅行・美立橋行等〉、車では東京方面より首都高永田ランプで降りて井土ヶ谷切通しより国道1号へ、横須賀方面より狩場インターで降りて国道1号へ、派知オア宇治方面より狩場インターで降りて国道1号へ

お墓・霊園:樹源寺境内内、永代供養墓、永代供養墓「壽量廟」、「薬師堂」

 

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