明福寺は様々な催しを通して開かれ永代供養墓もある東京都・三田のお寺

明福寺は様々な催しを通して開かれ永代供養墓もある東京都・三田のお寺

 

真宗大谷派三谷山明福寺は、「お寺DEもちつき」「お寺DE流しそうめん」などの催しを通して衆生に開かれたお寺の在り方を模索している寺院です。明福寺へは、電車では、東京メトロ南北線(地下鉄)の「高輪駅」出口2より徒歩7分、都営地下鉄三田線の「白金高輪駅」より徒歩7分、JR山手線&京浜東北線の「田町駅」西口改札より徒歩12分、都営地下鉄三田線の「三田駅」A3出口、または都営地下鉄浅草線の「三田駅」A3出口より徒歩12分、都営地下鉄浅草線の「泉岳寺駅」A3出口より徒歩12分、バスでは、田87,東98系統のバスで「三田五丁目駅」停留所下車より徒歩3分、車では、芝公園インターチェンジから2キロメートル弱、天現寺インターチェンジから2キロメートル強のところです。

 

 

明福寺の縁起

 

明福寺は江戸時代の初めの元和元年(1615年)、了順法師によって江戸桜田郷に開山されたと伝えられているそうです。その後、明福寺は転地をして、麻布三谷町から三田中寺町、そして現在の三田南寺町(港区三田4丁目4-14)に第八世慧燈法師が建立したとのことです。

 

現在の本堂は棟札によれば寛政11年(1799年)に再建され、現在の庫裡は平成4年に新築されたものです。

 

江戸時代の書物『御符内社寺備考』によれば、「京都東七条本願寺末芝三田中寺町、中根山明福寺、妙厳院天拝領地三田中寺町」の記述があり、また、本尊阿弥陀如来木像(元和元年~1623年)、親鸞聖人絵像、蓮如上人絵像、聖徳太子絵像、七高僧絵像、六字名号(蓮如上人筆)などが寺物として寺社奉行書上となっています。

 

内陣、外陣境界の3つの欄間には獅子と牡丹の彫刻があり、両余間と外陣堺には唐獅子が描かれた襖絵が嵌め込まれています。この襖絵は江戸狩野派の作と言われていて港区の指定文化財となっています。

 

明福寺は400年の歴史があり、江戸の大火も関東大震災も第二次世界大戦の戦火にも耐えてこの地に本堂はずっと立ち続けています。

 

永代供養墓「無量寿塔」

 

現在の少子高齢化の社会事情により個人でお墓を作れない方、跡継ぎのいない方などのために明福寺では明福寺に関係する人々のために平成9年に永代供養墓「無量寿塔」を建立しました。合祀墓使用規定により生前のお約束も受け付けていて、これも時代の流れと言えます。

参照:https://myoufukuji.files.wordpress.com/

 

そして、明福寺には寺院墓地があり、これは本堂の裏手にあります。この墓地は整然と墓石が並び、また、墓の間を通る通路の幅も広く、車椅子の方もお参りが難なく出来ます。墓地内の整理によって明福寺墓地使用規定に従って新規墓地の永代使用が可能です。詳細に関しては明福寺までお問い合わせください。

 

参照:https://myoufukuji.files.wordpress.com/

 

宝物

・襖絵

両余間と外陣堺には、唐獅子が描かれた襖絵が嵌め込まれています。

 

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・片山兼山の墓

江戸中期の儒学者、片山兼山の墓が本堂裏の墓地にあります。片山兼山は上野(こうずけ)の人、荻生徂徠の古文辞学に満足せずに漢唐の古注、宋明諸儒の説を参酌し、山子学と称する折衷学を唱えたとあります(1730~1782年)。片山兼山の墓は奥の高いところの下、松の木の横の階段の右方に大きい「兼山先生墓」とあるのが片山兼山の墓です。

 

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片山兼山の墓の右手には「萩原大麓」、他に並んで5基萩原家の墓があります。本堂横の松の木の下の三角形の墓は片山述堂の墓で、片山兼山の子と言われています。萩原大麓はその弟子に当たる人で、萩原家は現在も明福寺の門徒です。一方、片山家とは暫く連絡がありませんでしたが、その子孫の方が数年前に片山兼山らの墓をお参りしたそうです。

 

・蓮如上人の名号

本願寺八世、浄土真宗の中興の祖と言われている蓮如上人の名号です。

 

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建物

・本堂

法事、法要が、またその他の催し物が行われるところです。

 

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・庫裡

法事の後の食事や、法要の際のお斎(昼食)をとるところです。

 

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・山門

江戸時代のものとみられています。平成4年の庫裡の再建後に改宗が行われました。門に掲げられてある山号額は明治時代の仏教学者、南條文雄氏の揮毫によるものです。

 

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浄土真宗とは

 

宗祖は浄土教の宗祖、法然上人の弟子の親鸞聖人で、本尊は阿弥陀如来です。正依の経典は『仏説無量寿経(大経)』『仏説観無量寿経(観経)』『仏説阿弥陀経(小経)』で、本山は真宗本廟(東本願寺)です。

 

浄土真宗は、「南無阿弥陀仏」と念仏を称えるだけで誰もが此の世を去って後に浄土に生れると言うものなのです。また、他力のままに既に衆生はあり、いくら「自力」と騒いだところで、それは迷妄でしかないという教えです。そして阿弥陀仏のご加護の下、その慈悲によって救われるというのが浄土真宗の革新的な教えなのです。つまり、厳しい修行は浄土に生れるには必要なく、「南無阿弥陀仏」と称えるだけで、他力の力で誰しもが浄土に生れるというものなのです。

 

【寺院詳細】

真宗大谷派三谷山明福寺

所在地:東京都港区三田4丁目4番14号

Tel.(代):03-5443-1955

電車では東京メトロ(地下鉄)南北線の「白金高輪駅」出口2より徒歩7分、都営地下鉄三田線の「白金高輪駅」より徒歩7分、JR山手線&京浜東北線の「田町駅」西口改札より徒歩12分、都営地下鉄三田線の「三田駅」、または都営地下鉄浅草線の「三田駅」A3出口より徒歩12分、都営地下鉄浅草線の「泉岳寺駅」A3出口より徒歩12分、バスでは田87,東98系統の「三田五丁目駅」停留所で下車し徒歩3分、車では、芝公園ICから2㎞弱、天現寺ICから2㎞強

お墓:明福寺境内に永代供養墓「無量寿塔」、寺院墓地

 

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