東長寺は永代供養墓「結の会」を行う東京都新宿にあるお寺

東長寺は永代供養墓「結の会」を行う東京都新宿にあるお寺

 

曹洞宗萬亀山東長寺は、四百年記念事業として、平成元年に現在の伽藍を建立し、その新伽藍を拠点に、檀信徒や一般の参詣者にとって親しみやすい仏教の広場となるように時代に即応した寺院の在り方を模索し、日々精進している寺院です。

 

東長寺へは、丸ノ内線(地下鉄)の「四谷三丁目交差点」で下車し、1・2番出口より徒歩約10分、また、「新宿御苑前駅」で下車し、大木戸門出口より徒歩約8分、都営新宿線(地下鉄)の「曙橋駅」で下車し、A1出口より徒歩約5分のところにあります。

 

 

東長寺の縁起

 

東長寺は、文禄3年(1594年)に現在の埼玉県熊谷市にある東竹院第四世、雪庭春積大和尚によって開創された寺院です。雪庭春積大和尚は東長寺の他に勝興寺、福寿院を開創し、徳川家康の帰依を受けていました。逸話として言い伝えられているものに、ある日家康が西から東へ流れる星の夢を見て、この夢の判断を雪庭大和尚に頼んだところ「東照る西に御星現われて、家康国の宝ぞなる。」と答えたと言われています。

 

東長寺の開基は土肥家二代目当主、土肥孫兵衛であると言われています。慶長7年(1602年)、孫兵衛が内藤修理亮(清成)の組下として組屋敷地割りに携わった際に、割り余り地を拝領したところ、約2300坪のその土地を東長寺境内地としたのです。

 

江戸時代を通して武士にとって禅僧について参禅(学問)することは教養の一部であり、東長寺は諸藩士の菩提寺として、また、学問寺としてその重要度は増して行きました。また、一般の庶民の間でも寺社詣でが普通のこととなり、寛永年間に本堂、元禄年間に鐘楼堂、総門、中門などが建立されて東長寺は隆盛してゆくことになったのです。

 

しかし、明治元年に火災で類焼し、堂宇の全てを焼失してしまいました。そして、東長寺は廃寺同然になってしまったのです。そこから復興するのですが、しかし、第二次世界大戦の東京大空襲で再び堂宇を失うこととなったのです。この後、東長第三十二世、禅嶽興準大和尚と檀信徒の努力で本堂、書院、庫裡と、順次再建されたのでした。

 

東長寺は開創約400年、時代にある時は翻弄されながらも東長寺は存続し続けてきました。そして、時代と共に東長寺はその姿を変えてきたのです。現在の伽藍は東長第三十三世、慈嶽和夫大和尚発願のもと「開創400年記念事業」として平成元年に竣工したもので、禅宗の伽藍配置にならい7つのお堂が適所に配置されています。

 

このことによって東長寺は現代建築の合理性と歴史的な寺院建築が見事に融合を遂げた落ち着いた雰囲気のある空間へと変化を遂げたのです。このことを推し進めるに当たって東長寺では人が集い、仏教に触れ合える場となることを第一に考えたのです。また、境内に水苑を作ったことで、一層人々に落ち着いた憩いの場を提供することとなりました。そして、講堂は、現代美術を中心とする展示で、海外の作家も含めてこれまで様々な作家を紹介してきました。

 

永代供養墓「結の会」

 

東長寺では平成8年より永代供養付き生前個人墓「縁の会」を募集してきましたが、平成26年12月末日をもって、募集定数に達し募集を終了しました。そして、平成27年6月、東長寺の隣に新しい納骨堂を併設した東長寺檀信徒快感「文由閣」を建立するのと同時に、現代に相応しい新しい祈りの形を提案することとなったのです。それが「結の会」なのです。

 

参照:http://www.tochoji.jp/

 

結の会の約束事

 

・戒名授与

東長寺では、「結の会」に入会した人全てに戒名を授与します。戒名とは仏弟子の証なのです。

 

・納骨

東長寺檀信徒会館「文由閣」内にある龍樹堂にてご遺骨の一部を33回忌まで預かります。残りの遺骨は東長寺の総墓へ合葬します。また、地方の協力寺院の樹林葬墓地に埋葬することも出来ます。更に、ペットも一緒に埋葬することが出来ます。

 

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・永代供養

33回忌まで亡くなった月の一日に行う「萬燈供養」にて戒名を読み込み、供養します。33回忌以降は、「結の会物故者諸聖霊」として寺が存続する限り供養します。

 

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東長寺に納骨するには基本プランに永代供養付、または樹林葬付のオプションプランがあります。基本プランは一人につき50万円(戒名・位牌・納骨式・納骨堂使用)、永代供養付プランと樹林葬付プランは共に一人につき80万円です。

 

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伽藍・仏像・宝物

 

伽藍とは寺院内に配置された堂宇の総称で、一般には七堂を具えることが寺院として完成形と言われていて、それを「七堂伽藍」と言います。その位置は宗派や時代、地形によって色々な形式がありますが、禅宗の七堂伽藍は中国宋朝の伽藍配置法を基本としています。曹洞宗は禅宗ですので、中国宋朝の配置法に準ずるのが完成形と言えます。七堂とは法堂(はっとう)、仏殿、僧堂(坐禅堂)、庫院(台所)、東司(とうす、便所)、浴司、山門の七つのことを言います。

 

本堂(二階建ての建物)

本堂は七堂伽藍で言えば法堂と仏殿を兼ねた建物を指します。外観、特に屋根の形は奈良・平安時代の様式を参照しながら、そして、内部はシンプルな造りとなっています。壁面は黄竜山石を使い、天井建具には金箔を貼り、天蓋は銀製で造られています。須弥壇、敷居、梁は石地塗りです。当山のご本尊は釈迦牟尼仏、脇侍に文殊菩薩と普賢菩薩が配されています。

 

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観音堂(地下一階建ての建物)

観音堂には以前の本堂のご本尊として祀っていた聖観世音菩薩が安置されていて、また、観音堂は室内墓地となっています。天井、須弥壇には七宝焼きによる鳳凰の図が配されています。

 

その他に、坐禅堂を改修した千手堂(地下一階建ての建物)には千手千眼観音像が、当山を開創した雪庭春積大和尚を中心に高祖・道元禅師、太祖・瑩山禅師、当山歴代の住職を祀っている開山堂(地下二階建ての建物)、納骨堂として、また講演会会場としての羅漢堂(地下二階建ての建物)、賓客をもてなす書院が、食堂、鐘楼、当山檀信徒の総墓、没後33回忌を過ぎた遺骨の合葬墓の多宝塔、そして水の苑があります。

 

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仏像は、釈迦三尊像等があります。

 

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宝物は、仏陀の誕生から涅槃までを描いた漆の壁面で校正された水の苑の壁面です。そして地下二階の羅漢堂に行くロビーには、仏陀十大弟子の一人一人を彫刻で表わしたレリーフがあります。

 

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【寺院詳細】

曹洞宗 萬亀山東長寺

所在地:東京都新宿区四谷4-34

Tel.(代):03-3341-9746

丸ノ内線(地下鉄)の「四谷三丁目駅」で下車し、1・2番出口から徒歩約10分、「新宿御苑前駅」で下車し、大木戸門出口より徒歩約8分、都営新宿線(地下鉄)の「曙橋駅」で下車し、A1出口より徒歩約5分

お墓・納骨堂:観音堂室内墓地、永代供養墓「結の会」(文由閣内竜樹堂)、樹林葬協力寺院にて樹林葬、羅漢堂の納骨堂、多宝塔

開門時間:9:00~17:00

 

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