有数の寺町でも異彩を放つ等覚寺はアットホームで永代供養も対応

東京メトロ銀座線の田原町から、上野駅にかけての道は、通称「仏壇通り」と呼ばれています。通りの南側には、およそ50軒に及ぶ仏壇・仏具店が軒を連ねる日本最大の専門店街で、さらに神棚など神具の専門店もあるほど。


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そのため、商店街としては「上野・浅草通り神仏具専門店会」が正式名称なのですが、それにしても日本各地の「仏壇通り」商店街の中でも、墓石店や葬儀店などの兼業ではなく、純粋な専門店が立ち並ぶのは、ここだけのようです。

これだけ仏壇・仏具、または神具の専門店が集まったのは、徳川3代将軍・家光が上野の山に「東の比叡山」東叡山寛永寺を建立したため。続く4代・家綱から港区芝の増上寺とともに、将軍家の菩提寺となったことで、上野は庶民にとっても“信仰の街”というイメージが定着しました。加えて、1657年の「明暦の大火」という大火災で被災した、江戸中心部の寺社仏閣を幕府が地域周辺に集めたため、寺院の総数300以上という「寺町」となったのです。

情報発信にも熱心、旅行会も企画するなど親しみやすさが特徴

そんな上野界隈でも、もっともアットホームな雰囲気を感じさせるお寺が、真宗大谷派の勝龍山等覚寺。なぜかというと、2014年にこのお寺を引き継いだ現住職と、副住職が実の兄弟二人で運営しているからです。

しかも先代住職が二人の祖父に当たるなど、傍目に見ても家族仲がいい様子。さらに加え、公式サイトを覗いてみると「お参りしやすく敷居の低いお寺を目指しています」とあり、身内だけでなく外に向けても親しみやすさを感じさせるお寺なのです。


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また、寺報誌「等友」という情報誌を定期的に刊行しており、情報発信にも熱心。副住職はブログでもお寺の日常を中心に伝えているので、愛読するうちに、他人のような気がしなくなってきます。


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年に1度ではありますが、毎年恒例で「等友」の名を関した旅行会も行うようで、檀家や門信徒だけ参加できるのか、それともより間口を広くしてあるのかは不明ですが、多くの人と親睦を深めようという意思は伝わってきます。

戦国大名としても有名な、朝倉氏の血を引く住職がお勤め

そんな等覚寺ですが、由緒はなかなかのもの。山号の「勝龍山」は、戦国大名としても有名な、越前朝倉氏の血を引く朝倉景隆の嫡男・左兵衛尉勝龍にちなんだものだそうです。

勝龍は出家し、天台宗の学僧となって一宇を建立したといいますが、等覚寺の開基は慶専という名で残っており、資料によって勝龍の僧名であるとも、また別の人物であるようにも受け取れます。この、別の人物も越前朝倉氏と縁のある出自なのですが、さらにまた別のお寺の開基として名が残っているなど、まさに諸説紛々。歴史ファンの興味を惹くミステリーに溢れ、ロマンを刺激される方も多いのではないでしょうか。


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それはともかく、当時に伝えられている情報によると、開基である慶専という僧は、東本願寺第12代法主(ほっす)である教如上人の指導で真宗大谷派に転宗。続く13代法主・宣如上人の随伴して東国へ下った折り、本尊と「昇龍山」の山号を賜ったと伝えられます。

明暦の大火”を始め、江戸名物の火事に縁ある古刹

時は1599年、関が原の戦いを翌年に控えた慶長4年のことだといいますから、江戸時代の初期も初期のお話です。当初は京橋の土地に1万坪の寺領を拝領したとされますが、ところが先に書いた「明暦の大火」で類焼。上野下寺町に3000坪を賜り移ったものの、1698年に再び移転し、現在地に至ったとされています。

この年は元号でいうと元禄11年で、10月に大火が起こっていますが、移転は2月なので、これが原因ではない模様。どちらかというと、先ほど書いた寛永寺の根本中堂が完成したのがこの年なので、それに伴い、本格的な寺社町として整備が進んだ結果なのではないかと考えられます。等覚寺も無事にお堂を再興し、当地のお寺としては草分け的存在として、門前町も開けたとされます。

ところが1923年(大正12年)に起きた関東大震災でお堂が全焼。昭和に入って再建しましたが、戦後の1963年(昭和38年)には今度は漏電で、本堂のみ焼失するなど、非常に火事に縁のあるとお寺となっています。

とはいえ、だからといって縁起が悪いと言い切れないのもこのお寺の特徴で、このときも壇信徒の特別な懇志(寄付)と支援を受け、1967年(昭和42年)に再建。鉄筋コンクリート2階建ての現本堂は、このときに完成したものです。


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災難はなるべくなら避けたいものですが、そのたびに再起してきた歴代住職の心の強さと、檀信徒や周辺住民の支援が集まる魅力のようなものが、このお寺にはあるように思えます。

最後に宗派などをおさらいしておきましょう。何度か書いたとおり、浄土真宗大谷派で、本山は京都の東本願寺。本尊は他の真宗のお寺同様、阿弥陀如来となります。現在は2階が本堂、1階に座敷を備えるほか、茶室や応接間なども用意しており、かなりの人数の法事などにも対応できそうです。

日本を代表する寺町にあって、バスツアーなども企画するほどアットホームな等覚寺。その親しみやすさが何度も火災に襲われながら再建する、人々の助けを呼び込んだように思えます。最近いいことがない、不運続きと思い嘆く方は、一度お参りして、その再建力を分けてもらってはいかがでしょうか。


出典:http://tokakuji.com/tokakuji/

寺院詳細

正式名称:真宗大谷派 等覚寺

所在地:東京都台東区元浅草2-10-17

Tel.:03-3841-2844

最寄駅:東京メトロ銀座線 稲荷町駅より徒歩2分

都営大江戸線 新御徒町駅より徒歩6分

お墓・納骨堂: 従来型、永代供養墓あり


出典:http://tokakuji.com/bochi/

等覚寺周辺の地図

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