東光寺は東京板橋にあり永代供養も行っていて東京・芝の増上寺と関係が深いお寺

東光寺は東京板橋にあり永代供養も行っていて東京・芝の増上寺と関係が深いお寺

東光寺は東京板橋にあり永代供養も行っていて東京・芝の増上寺と関係が深いお寺

 

浄土宗丹船山薬王樹院東光寺は、中山道板橋宿にあって、今は大変交通の便が良いところにある寺院です。東光寺へは、電車ではJR埼京線の「板橋駅」で下車し徒歩9分、都営三田線(地下鉄)の「新板橋駅」で下車し徒歩8分、または「板橋区役所前駅」から徒歩9分、東武東上線の「下板橋駅」で下車し徒歩9分、車の場合、首都高速道5号池袋線の板橋本町出口、そして国道17号線巣鴨方面から5分、首都高速道中央環状線の新板橋出口、そして国道17号線志村方面から3分のところにあります。

 

 

の縁起

 

東光寺の開山は芝の増上寺の大五世天誉了聞上人が延徳3年(1491年)寂のことです。江戸初期まで舟山という地に――現在の東板橋体育館当たり――あったのですが、延宝7年(1679年)に前田家下屋敷を建てるために現在地に移転しました。

 

当時の東光寺は境内も広く、中山道に面して参道が開かれていて東光寺を中心に門前町が広がっていました。その後、相次ぐ江戸の町の火災の類焼や第二次世界大戦での被災などで境内は縮小されてしまったのですが、昭和57年(1982年)に檀信徒の努力で本堂が再建され現在に至っています。

 

「中山道分間延絵図」には当時境内に小さく「薬師堂」(戦災で焼失し現在では石碑のみがあります)と記載がありますが、薬師堂は下屋敷の薬師原にあったものです。

 

参照:http://www.toukouji.org/

 

当時は、東光寺は当然中山道ととても深い関係があり、それを指し占める石造物がいくつかあります。

 

永代供養墓などの墓所

 

東光寺では過去の宗旨・宗派を問わずに、永代供養墓があります。これは現代のお墓事情に対応したもので、少子高齢化の波は確実にお墓事情にも及んでいて、お墓を守る人が将来いなくなる人などに代わって東光寺が責任を持って管理します。

 

また境内内の墓所では永代使用料90万円から利用できます。

 

更に納骨棚では遺骨も5年預かりします。お墓がない方など遺骨の安置方法にお悩みの方は東光寺に相談してみてはいかがでしょうか。

 

参照:http://www.toukouji.org/

 

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ペットのお墓

 

東光寺ではペットのお墓もあります。現代社会においてペットは最早家族同然の存在で、ペットも人間同様に弔いたいという人は年々増えています。そんな方のために東光寺にはペットのお墓が新設されたのです。

 

ペットの埋葬冥加料金が5万円、名前寺彫り代が4万円です。

 

参照:http://www.toukouji.org/

 

東光寺の史跡

・六道利生の地蔵尊

通称平尾追分地蔵といいます。この地蔵は道中の守護をしていた地蔵で、享保4年(1719年)に約200名の寄進により建立された者です。

 

この地蔵は平尾追分(現在の板橋3丁目当たり)に安置されていたのですが、明治に入って東光寺に移されました。

 

大きさは全高3メートルになる板橋区内最大級の石造物で、板橋の文化財産登録物です。磁石部分にある寄進者の名前を見ると板橋宿や加賀下屋敷関係者の名前が見られ、様々な人々が亡くなった家族の後生を祈るために建立されたことがうかがい知れるのです。

 

参照:http://www.toukouji.org/

 

・青面金剛増を刻んだ庚申塔

この塔には日像、月像、二童士、四夜叉、一猿一鶏、二鬼の全てが刻まれている者で、大変貴重な者なのです。全国でもこれだけ優れた庚申塔は多分、ないと思われます。建立は寛文2年(1662年)で高さは2メートル近くあります。この庚申塔は板橋区の文化財一回目に指定された石塔で、それもうなずけるものなのです。この庚申塔には東光寺の僧と宿場の旅籠の主人と見られる人たちの尽力で造立されたもので、当時の経済的な豊かさがうかがい知れる石造物なのです。

 

参照:http://www.toukouji.org/

 

・宇喜多秀家の供養塔

関ヶ原の戦いで敗れて八丈島に流された宇喜多秀家の子孫が、明治2年(1872年)に八丈島から内地に戻り、宇喜多秀家の妻の実家の縁で前田家の下屋敷地を開拓したときに建立した供養塔です。正面には「秀家卿」と刻まれていて、この供養塔を建立した宇喜多秀家の子孫の複雑な胸の内がうかがい知れます。

 

参照:http://www.toukouji.org/

 

浄土宗とは

宗祖は法然上人で開宗は承安5年(1175年)のことです。本尊は阿弥陀仏、阿弥陀如来で、その教えを簡単に書けば、阿弥陀仏の平等に分け隔てない慈悲を信じ、「南無阿弥陀仏」と阿弥陀仏の御名を称えて、人格を高め社会のために尽くし、明るい安寧の日常を送ると共に死後は浄土に生れることを願うという信仰です。お経は仏陀が説いた「無量寿経(むりょうじゅきょう)」「観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)」「阿弥陀経(あみだきょう)」の三部教を拠り所としている宗教です。

 

法然上人が仏の道に入ったきっかけは父親の漆間時国の教えなのです。これはとても有名な話なのでご存じの方も多いと思いますが、保延7年(1141年)、父・時国は源内武者定明の夜討ちにあい、非業の死を遂げたのですが、その時法然上人は未だ9歳でした。

 

父・時国は臨終の枕辺に居並ぶ家族に向かって「われこのきずいたむ。人またいたまざらんや。われこのいのち惜しむ。人あに惜しまざらんや」と自他一体感を以て強く仇討ちを禁じたのです。当時は仇討ちは当然という時代です。そんな時勢の中での父の遺言は、法然上人の胸に深く刻まれ、仇討ちをすれば、更に憎しみを生むだけの悪循環に陥るだけで、それでは誰も救われぬと悟った幼い法然上人はそれからまもなく仏門に入ったのです。

 

そして、法然上人は経典を全て読み勉学・修行に励むのですが、当時の仏教の在り方に疑問を持ち、貴族の仏教から衆生の仏教へと変革しなければならぬとの一心で、苦難の末に「南無阿弥陀仏」と称えるだけで救われるという当時では余りに革新的な悟りへと至ったのです。

 

参照:https://jodo.or.jp/

 

寺院詳細

浄土宗丹船山薬王樹院東光寺

所在地:東京都板橋区板橋4-13-8

Tel.(代):03-3961-6505

電車の場合、JR埼京線の「板橋駅」から徒歩9分、都営三田線(地下鉄)の「新板橋駅」から徒歩8分、または「板橋区役所前駅」から徒歩9分、東武東上線の「下板橋駅」から徒歩9分、車の場合、首都高速道5号池袋線の板橋本町出口より国道17五千の巣鴨方面から5分、首都高速道中央環状線の新板橋出口より国道17号線志村方面から3分

お墓:東光寺境内内墓所、永代供養墓、納骨棚

開門時間:8:00~17:00

 

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